広報誌 麦 vol.48

5 2026 vol.48 Seinan Gakuin Junior - Senior High School 大学生活、これは言いたい 多くの挑戦をしてほしいです。私もオランダ留学や国内外のイン ターン等で、多様な価値観に触れました。自由と責任の中で成功も失敗 も糧にする。そして「今しかできない経験」を全力で積み重ねること が、将来の財産になると確信しています。 最後に一言 多くの挫折を乗り越えて人は成長し、必ず報われます。私自身、怪我 で夢が破れた経験が、今の私の強固な軸となりました。どんなに辛いこと にも、必ず意味があると思うので、失敗を恐れず目の前の壁に全力で ぶつかってください。その積み重ねが、いつか必ず自分の力になります。 バンヒューゾン 春希 クリストファさん 早稲田大学 商学部 在籍 (2023年3月卒業) 在校中、 一番印象に残っていること アビスパ福岡U-18主将と勉学、 どちらも高いレベルでの両立です。 校外活動でも応援してくれる先生方 やクラスメイトの支えがあり多くの 挫折を乗り越えることができました。 西南で過ごす日々は、学業だけでなく、 人間として大きく成長できた密度の 濃い3年間だったと思います。 大学生活、これは言いたい この数年間は、自分の興味関心を存分に追求し、さらに深く広げて いくことのできる貴重な時間だと思います。私は現在大学を休学し、 アフリカで勤務しています。好奇心に導かれるまま飛び込んだ世界で すが、日々思いがけない出会いや学びで満ちています。 最後に一言 西南での6年間は、卒業後も続くかけがえのない友人と出会い、自分 の軸を築いてくれた大切な時間でした。学生生活は長いようでいて、振 り返ればあっという間です。失敗を恐れず、時には挑戦しながら、実り 多い日々を過ごしてほしいと思っています。 安田 光希さん 東京外国語大学 国際社会学部 在籍 (2023年3月卒業) 在校中、 一番印象に残っていること 高校では生徒会に所属し、一年 間副会長を務めました。文化祭や体 育祭などの学校行事の運営、また 日々の活動は、難しいながらもやり がいと充実感に満ちたものであり、 同期と過ごした生徒会室での日々 は、特に思い出に残っています。 My School Life 世の光となっている卒業生の“今”を紹介します 卒業生便り 西南学院中学校1968年卒 西南学院高等学校1971年卒 スコヤ 木工舎 素木屋 写真中央が深見さん チャペルの十字架 深見 照明さん 西南です! 西南です。出身校を聞かれると、なぜだか 軽やかに答える。社会に出て思うのだが、西南 は世間では程好い立ち位置にあるような気が する。超ハードな進学校ではなく、長年培った ソフトな校風が福岡近隣では定着している。 よって受けが良い。なかなか同窓生に会う機会 はないのだが、同窓生と判った途端、それは もう昔からの知人であるかの様に一気に距離 が縮まる。現に長い付き合いの保険代理店 の御仁は、近年一級下の同窓生と判った。その 時から名前を呼んでくれなくなった。“先輩” と呼ぶのが常になった。昨年は私の健康を気遣 いながら握手までして帰って行かれた。有難い 事だ。さて少し昔話をしましょう。60年程前、西 南中学には体育館なるものがなかった。私が 所属していた体操部は春から秋までは晴れ の日は土のグラウンドの上にマットを敷いて 練習をしていた。バスケもバレー部も基本“外” なので、対外試合などでは、室内競技なのに 真黒に日焼した不思議な集団がそこにあった。 設備が整ってないというのも、そこには工夫が 生じるし、それはそれで良い思い出となった。 高校時代は楽し過ぎて連載になっては困るの で省きます。卒業後の西南との繋がりは、何と 言っても新校舎のチャペルの十字架を依頼 され、作らせて頂いた事でしょう。私達が 礼拝をしていた旧チャペルの長椅子を再 利用したのですが、部材を作るために一度 解体し、機械に通した瞬間でした。あの チャペルの臭い、いや此処では香りが 適切でしょう。6年間嗅いだ記憶の香りが 工場に立ち込めたのです。今から十字架を 作ろうとする私にとって、それは大きな感動 と恵みの体験でした。最後に在校生が使っ ているチャペル手帳なるものを頂き、目を 通しました。創立百周年にあたってのくだり に普通ならば、「百年の歩みの中でこの様 な社会的功績がありました。」「この様な素 晴らしい人物を輩出しました。」などと書か れると思うのですが、そこには平和宣言な るものが書かれてあり、先の戦争に学院が 加担してしまった事への反省と、今後平和を 実現する学生を育む事が学院の使命である との決意が書かれてありました。私はきち んと悔い改めができる学院の姿勢を誇りに 思います。これからも出身校は、と問われ れば、更に誇りを持って軽やかに答えます。 西南です。 伊原 幹治先生(元社会科教諭) 西新3-13-1にあった校地に初めて足を踏み 入れたのは入試の時だった。市内電車の停留所 から北に100m少し歩くと正門に着いた。第一 希望は隣の県立高校だったので、まさか、ここで 私の人生を送るようになるとは!ここでキリスト 教と出会い、大学卒業後、教員として40年を過 ごした。私立ということもあって、習った先生方 は個性的と言うか、クセが強く、ひとりひとりが 懐かしい。1年生が使用する西校舎と講堂の油 の匂いも忘れられない。1994年に共学となり、 最初の女子生徒を迎えたのもこのキャンパス だった。 チャペルという独自のプログラムがあり、ここ で心に残る多くの講師の話を聞くことができ た。学生の頃は伝道中心の内容であったが、後 に滋賀県から来られた福井達雨止揚学園園長 やペシャワール会の中村哲医師などが定期的 に訪れ、生涯忘れることが出来ない出会いが与 えられた。 1916年の創立以来、本校は福岡の地でさまざまな歴史を 見てきました。このコーナーでは西南学院にまつわる思い出話を 紹介し、西南学院の歴史の一端をひもときます。 SEINAN 今昔物語 1970年代の旧西南学院高等学校(現:西南学院大学博物館)

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